いんてりっぽくなりたいブログ

いんてりっぽくなりたい筆者がそれなりに頑張るブログです。

不文のちから

 

 

こんにちは。

今朝、起きた時点で室温が32度という地獄を経験しました、だいこん(仮)です。どうして暑い時期にイギリスにいられないのか。

 

先に書いてしまいますが、今回のテーマはイギリスにおける女王の権限についてです。

 

さて、あと60日ほどでイギリスへ戻るわけですが、その英国では新たな首相が誕生しました。ボリス・ジョンソンです。

このボリス・ジョンソンですが、彼は10月末にEUを離脱することを明言しており、たとえEUとの取り決めがまとまらなくても離脱を強行するものと見られています(僕のカレンダーには、3月29日の欄に’Brexit'と書いてありましたが、残念ながら何も起こらず)。

 

EU離脱がこれほど時間を要しているのかについては以前書きました。

wannabeintelligent.hatenablog.com

wannabeintelligent.hatenablog.com

 

これだけ複雑な議論があるというのに、期限が来たら離脱を強行すると明言しているというのは、なんとも不安ですね。

そういうこともあって、こんな抗議活動がすでに行われたようです。

www.theguardian.com

 

イギリスの場合、女王が首相を任命するということになっており、与党である保守党の新たな党首となったボリス・ジョンソンは、女王の下へ出向いて、首相として任命されるという手続きを経るわけです。じゃあ、「ボリス・ジョンソンが宮殿へたどり着けないようにしよう」という、いかにもイギリス人がしそうな抗議活動です。

 

この女王の「任命」というのが少し面白いのです。

まずは日本の場合を見てみましょう。

憲法67条1項によると、国会の議決で国会議員の中から、内閣総理大臣を指名することになっています。その後、この指名に基づいて天皇が任命します。ここでの「任命」は、「実質的に決まっている者を形式的・儀礼的に任命する行為である」とされています。*1そういうわけですので、総理大臣を決定するのは国会であり、天皇は関係ありません。

 

この点がイギリスでは少し異なります。というのも、そもそもきっちりしたルールがなく、なんとなくルールが形成されてきたという歴史的な連続性によるものです。

イギリスでは、基本的に王(女王)が首相を決めてきました。この点について、憲法学者のBarendtさんの教科書では以下のような記述が。

Until relatively recently, the choice of the Prime Minister was largely a matter for the Monarch*2

最近まで、総理大臣の任命は国王に大きな裁量があったというのです。この記述のあとに、イーデン首相が辞任した際に、後任者をどうするかという話に女王が関与していたと書かれています。というように、首相の任命においては、女王にある程度の裁量が残っていたのですね。しかし、その後の習律として、与党の党首を首相とするというのが定着しました。

 

この国がややこしいのは、女王が習律に反したらどうなるのかという議論が可能な点です。少し論点がずれてしまいますが、法律の公布という女王がすべき行為に関して、Barendtさんが面白いことを書いています。

議会を通った法案は、女王の承認を得て法律として公布されます。この女王の承認は形式的なものとされています。しかし、Barendtさんはこんなことを書いています。

there may be extreme circumstances in which the Monarch would be entitled to exercise her own judgement and refuse Assent. *3

つまり、女王が法案の承認を拒否していいような状況があるというのです。ということは、EU離脱に関しても、それがイギリス国内に深刻な混乱をもたらすという風に判断されれば、離脱法案の承認をしない可能性があるともいえそうですね。まぁ、ないと思いますが。実際にジョージ5世が、議会を通過したアイルランド自治法案の承認を拒絶しようと考えていたということが知られています。

 

この国が面倒なのは、不文のルールが多く、何が本当のルールなのかがよくわからないということです。

It may be that even now a Monarch would be justified in witholding Royal Assent if its enectment were to pose a clear danger to public order (p.112)

先ほどの文章のいいかえです。公の秩序に対する明白な危険が及びうる法案を、国王が承認しないということが認められるという一文ですが、これも本当なのかよくわからないのです。

とりあえず、Barendtさんの言うように、法案の公布を拒否できるとしましょう。そうだとすると、ある党の党首がが首相になることを女王が拒否できる場面もありそうですよね。実際に50年前までは口を出してきたわけですから(アイルランド自治法は100前)。

 

こんな感じで、条文がなく何がルールなのかが不明確な国がイギリスです。ですが、日本における天皇と異なり、イギリスでは国王が、部分的とはいえ、未だに実質的な決定権を有しているといえます。面白い国ですね。

 

 

 

 

 

 

*1:伊藤正己憲法(第3版)』517頁

*2:Eric Barendt An Introduction to Cionstitutional Law p.117

*3:Ibid p.116