陪審制が生んだ魔物、法廷(裁判所)侮辱罪!
こんにちは、だいこん(仮)です。
最近読んでいる本がありまして、イギリスで弁護士をされている方が実際に担当した刑事事件について、各事件の裏にある物語を書いていくという本なのですが、刑事事件ですので、多くの場合に出てくるのが、
陪審員!
そう、イギリスでは陪審制をとっているのです。
この陪審制が日本人にはよくわからない法律を生む出します。
それが法廷侮辱罪です。
- そもそも陪審制とは
- 陪審制の問題点
- 法廷侮辱の典型例
- メディアへも影響!?
- AG Genenral v Associtaed Newspapers Ltd and another *2
- AG General v MGN Ltd and another*3
- 新時代へ
- まとめ
そもそも陪審制とは
日本でも裁判員制度が導入されて10年になりますが、陪審制と何が異なるのでしょうか。
おそらく最大の違いは、陪審制においては、裁判官から「法はこうなっている」と指示を受けた陪審員は、裁判官の介入を受けずに、有罪か無罪かを判断します。
そう、有罪か無罪かの判断は、一般市民の手にかかっているのです。ただ、刑をどうするかについては裁判官が決定します。僕が読んでいる本では、だいたい有罪無罪の言い渡しと、その刑の言い渡しが別日になっています。陪審員が独立して有罪無罪を決めるため、裁判官も言い渡しの時まで知らないのでしょう。
一方で裁判員制度においては、裁判官も参加します。そして、市民は量刑判断にも参加します。つまり、どれくらいの刑が妥当かという議論も行います。
この陪審制が面倒な議論を呼びます。
陪審制の問題点
陪審制の仕組みからわかるとおり、有罪か無罪かを決定しているのはランダムで選ばれた市民です。ただ、当然ですが有罪かどうかという判断は被告人の人生を大きく左右する非常に重大な行為です。なのでデリケートな問題がいくつかあります。
まずは、簡単に解決できそうな問題から。
もし、陪審の間で意見が分かれたらどうしたらいいのでしょうか。つまり、12人いる陪審員のうち8人が有罪、4人が無罪を主張する場合、どうしますか。
この点に関してイギリスは、陪審員全員の意見一致を求めています。(なんでも多数決で決める国にしては珍しい)そしてどうしても決まらないときは、陪審員を解任して別の陪審員のもとでやり直します。
全員一致を求める理由として、まず、被告人にとって非常に重大な決定であるため、多数決で有罪なんて決められては困るというのが一点。もう一つは、多数決で決めたりすると裁判所としての信用が失われていくからです。
そう、裁判所は信用されないといけないのです。
つぎに、ややこしい問題について。
陪審制は一般市民が有罪・無罪の判断をします。このときに重要なのが、有罪・無罪の判断材料は裁判所に提出された証拠のみです。外部の情報は参考にしてはなりません。考えれば当たり前の話ですよね。外部の情報で判断しだしたら裁判所なんて必要ありません。
そもそも日本ではこの点は問題になりません。というのは、裁判官が有罪・無罪の判断をしており、市民は裁判官がちゃんと証拠に基づいて判断していると信じているからです。
しかし、イギリスではそうはいきません。というのも、特別なトレーニングをうけた経験のない無作為に選出された市民が決定するため、市民がちゃんと証拠のみに基づいて判断していることを保障する(少なくともそう思われるようにする)必要があるのです。どうにかして
裁判所は信用されるようにしないといけないのです。
ここから出てきたのが法廷侮辱罪です。
法廷侮辱の典型例
まず、陪審員は法廷で検証された証拠のみに基づいて判断しなければなりません。つまり、陪審員が独自の調査をすることは禁止されています。
それでもする人がいるのです。おそらくその理由として、重大な決定であるため、できる限り情報を集めておきたいという心理があるのでしょうが、
裁判所は信用されないといけないのでアウトです。
これが法廷侮辱の典型例と言えるでしょう。
メディアへも影響!?
しかし、陪審員が自ら調査をしなくても、彼らに事件についての偏見を持たさるようなことを容易にできるものが存在します。
それがマスメディア。
新聞のようなものは多くの人が目にします。そこに例えば、「事件の犯人はあいつだ!」とか、「犯人は銃を所持していた!」とか裁判で全く出ていない情報が出たりすると陪審員がそういった情報に惑わされうるわけです。そして、何度も言っているように、
裁判所は信用されないといけないので、実際に陪審員が偏見を持とうが持たなかろうが、偏見に基づいて判断しているのではないかという疑いをもたれること自体が問題なのです。
そこで裁判所は法廷侮辱罪をもってメディアを対処します。
この問題に対処すべく制定されたのが、Contenpt of Court Act 1981 です。*1
この法律のすごい所は違反者に対して厳格責任を課しているところです。つまり、偏見を与えることに意図があったかどうかは関係ありません。やったらアウトなんです。
この法律がなかなかぶっ飛んだ事件を生み出しています。
AG Genenral v Associtaed Newspapers Ltd and another *2
これはぶっ飛び度がそこまで高くないかもしれません。
まず、問題となった刑事事件ですが、被告人は、①5月20日にAさんの誘拐で起訴され、②5月21日にBさんの誘拐及び殺害で起訴されます。
そして1か月後、②の事件について有罪が確定します。しかし、まだ①の事件については陪審員が評決を考えている段階です。
しかし、まぁ当然ですが、②の事件について有罪判決がでたら報道したくなりますよね。とくに誘拐と殺人ですからね。結局、新聞数社は有罪判決について報道します。
これが問題になったのです。
なにが問題化というと、①の事件については陪審員の評決がまだであるため、報道が陪審員の判断に影響を与える可能性があったんです。誘拐と殺人で有罪になってる奴なんて、もう一個誘拐しててもおかしくないやろ的な偏見を生みうるのです。
報道後、①の事件に関して、裁判所は陪審員を全員解任します。
そして、新聞社に対する法廷侮辱罪の手続きが始まり、結局新聞社は負けます。
この事件で裁判官は、大量の有罪報道により、陪審員に外部の情報をあたまの中から消し去って判断するように求めることは現実的ではないような状況ができたと述べています。
日本では聞いたこともないような話がイギリスにはあるのです。
AG General v MGN Ltd and another*3
ぶっ飛び度ランキングは間違いなく1位であろう、この事件。課題で読んだ時の
感想は「!!?」って感じでした。
まず、背景にある刑事事件ですが、クリスマスに女性が何者かに殺害されます。クリスマスという時期もあって、かなり報道されたようです。そして数日後に女性の家の大家さんが逮捕されます。この大家さんの逮捕直後に大量の偏見を生みうる報道がされます。たとえば、この大家さんが殺害された女性につきまとっていたとか、女性の部屋に無断で立ち入っていたとかです。
しかし、逮捕から数日後、状況は変わります。
大家さんが釈放されたのです。そして自首したのが、女性の交際相手でした。そしてこの男が殺人で起訴されるのです。
しかし、それとは別に法廷侮辱罪の手続きが始まったのが、この大家さんに関してでした。つまり、大家さんの刑事手続きに偏見を与えたということで、新聞社が訴えられたのです。
ただ、大家さん、裁判になってません。ふつうに無罪です。どうなっているのでしょうか。
まず法律では、 the course of justice in the proceedings(手続きの公正とでも訳せるのでしょうか) に影響を重大な危険を生むようなことを禁止しています。そして、このproceeding (手続き)といのは、逮捕のタイミングから始まるようです。
判決によると、偏見を与えるような内容があったかどうかは、新聞の発行時点で決まります。そして、発行時点で大家さんは逮捕されていたので、法律上、手続きに入っています。
しかし、どのようなかたちで、裁判を阻害したり偏見を生むような可能性があったのでしょうか?
裁判所によると、偏見まみれの報道によって、証人が出てきてくれなくなるかもしれないじゃないか、という点をあげています。証人が出てこなくなることで公正な裁判が阻害されるリスクがあったというのです。そしてこれが十分、法廷侮辱にあたるというのです。
どうでしょうか。不思議な法律ですよね。。
まあ、裁判所は信用されないといけないのです。
新時代へ
やらかすのは新聞だけではありません。法廷侮辱の典型例が息を吹き返しているのです。そう、陪審員が自ら調査するというのが問題になっているのです。
なぜまた問題になっているのでしょうか。
こたえは、インターネットの登場です。
自分が担当している事件の被告人の名前をググれば、Facebookのアカウントであったり、Twitterであったり、もしかすると過去に犯した犯罪であったりという情報が出ています。しかし、陪審制が使っていい判断材料は裁判所にある情報のみです。
そして、陪審員たちがググりはじめたのです。
中にはつわものもいて(ちゃんと読んでないのですけど)、接触を禁止されている者に対してFacebookでメッセージのやり取りをするという者まで登場しました。これは大問題ですね。
まぁ、表現の自由と公正な裁判とのバランスがなんともといった感じですね。
まとめ
国が変われば法も変わります。僕がイギリスに来た理由の一つでもあるのですが。ただ、ここまで不思議なことになっているとは思ってませんでした。(笑)
裁判員制度だとこういうことは議論になってないのでしょうか。帰ったら調べてみようと思います。
というわけで、不思議な制度のご紹介でした。
ちなみに僕が読んでる本はこれです。
*1:https://www.legislation.gov.uk/ukpga/1981/49
*2:[2012] EWHC 2029 (admin), CO/9898/2011.
*3:[2011] EWHC 2074 (admin), CO/3685/2011